ニホンウナギ Anguilla japonica (Temminck and Schlegel, 1847)

本日は、夕方から娘と一緒に釣りに出かけた。

鰻マンションを発見したのか、ここ2週、小さなウナギを釣り上げていた場所に、三度目の正直で大きなウナギが釣れる事を願っての釣行だった。ただ、今回は、最近の雨のお陰で川の増水は必至で、これが吉と出るのではとの期待はあった。

結果は、本日は、期待通りの釣果だった。65センチの極太を筆頭に、一番小さいのは40センチの計4匹を、短時間で釣り上げることが出来た。

そして、投稿にあたって、ニホンウナギの学名を調べようとネットを巡っていたら、ニホンウナギのレッドデータの記事に出会して愕然とした。

絶滅危惧I類に指定しているのが10都道府県に及び、絶滅危惧II類に指定しているのが、9都道府県、準絶滅危惧種への指定は、6都道府県あり、他に注目している都道府県が8もあるといった具合である。当然の流れで、国の指定するレッドデータで、絶滅危惧IB類に指定されるに至っている。

正直、実感が湧いてこない。卵からの完全養殖が未だ完全でないウナギの世界なので、河口や浜辺でウナギの幼魚を捕獲している漁師達がシラスウナギの量が減っていると言うなら本当なんだと思う。

鰻と言えば、子供の頃に網で採りに行くのが好きだった。住んでいた場所が、海から数キロで500メートル級の山がそびえるような環境だったので、山から流れ落ちて来る水が、いつも川の水を綺麗に洗い、透明度が高い川が何本もあった。そして、山から流されてきた適度な石が川底には沢山あった。

それらの石のうち、3-40センチ四方ぐらいの石を退けると、20センチぐらいのウナギがほぼ確実に居るみたいな感じであった。石を退けても、その下にいる鰻が状況を飲み込むまで結構な間があるのである。同時に、石を退けたことにより、その場の水も濁るのだが、その濁りが完全に晴れたという瞬間にウナギは動き出すので、動き出しを下流側に構えた網に追い込むのである。

ここで、重要なのは、石はそ〜っとゆっくりとひっくり返すことである。ドンっとひくっり返し振動を与えると、ウナギは一瞬で逃げてしまうからである。こうなって来ると、この鰻取りは、ひとりの身体では限界があることに気付く。利き手で網を下流側に固定し、もう一方の片手だけで大きめの石を慎重にゆっくりと持ち上げるのは至難の業である。おまけに、濁りが晴れて鰻が泳ぎ出す方向に合わせて網の位置を一瞬で微調整しなければならないのである。

ゆえに、最低2人からの共同作業が必要になる。石を横側からテコの原理のごとく持ち上げて行き、石が立って安定するところで暫し固定するのである。そして、下流側で網を構える者と目を凝らし、濁りが晴れた瞬間に流れに身を任せて泳ぎ出す鰻の進路を見切って網を微調整するのである。石を退ける際に、横から入るのには理由があって、上流側に立つと、踏ん張る足が泥を巻き上げ続け、濁りが続き鰻の動きが読み取れないのである。

また、ウナギは網に入らず、網の横をすり抜けていくこともあるが、逃げた鰻を目で追うと、付近数メートルの岩下に逃げ込むのが常である。そして、また共同作業の繰り返しである。しかし、今度は、岩の下に2匹の鰻が現れることになるが、2兎を追うものは一兎も得ずの諺を子供達も体感しており、一瞬でターゲットをどちらにするか確認し合うのである。

私は、この鰻取りは、小学校6年の時に引っ越し先で教えてもらい、高校一年までは続けていた。中学生も後半になって来ると、短パンで網とバケツを持ち歩くという風貌が恥ずかしいのか、仲間達が脱落していった。私は、友達の弟らを借りて、続けていたが、高校一年のある日、目的地へ向かう太めの道路で、先生に反抗ばかりしていた中学時代の同級生が、親方に怒られながら、真剣に一心不乱に道路を作っている現場を目撃した。同時に、彼は高校を中退したんだと気が付いた。いつもヘラヘラしていた彼が、真剣に働いてる姿には、心打たれた。理由は分からないが、この日を境に、呑気な鰻取りには興じなくなった。

ところで、学名にjaponica と付いているが、このニホンウナギの生息分布としては、朝鮮半島から中国東部沿岸に棲んでいるものも同一種と思われる。

また、鰻は微妙に違う種が世界中に居て、アメリカのニューイングランド地方でも、シラスウナギで一攫千金しようとウエーダーを履いてタモ網で、鰻の幼魚を掬ってはキロ単位で売っているウナギ・ハンター達が居るのは、テレビで見て知っている。